Peddler
1987年,イラン,95分
監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ
撮影:ホマユン・バイヴァール、メヘルダッド・ファミヒ、アリレザ・ザリンダスト
音楽:マジド・エンテザミィ
出演:ゾーレ・スルマディ、エスマイル・ソルタニアン、モルテザ・ザラビ、マハムード・バシリ、ベヘザード・ベヘザードブール

 マフマルバフが強烈な映像で貧困層の人々を描いた3話オムニバス。
 第1話は「幸せな子供」。4人の障害児を抱え、スラム街の廃バスで暮らす貧乏な夫婦が、今度生まれる子供は幸せにしようと、子供を自分たちでは育てずに、誰かに育ててもらおうと奮闘する物語。
 第2話は「老婆の誕生」。年老いた車椅子生活の母と暮らす一人の青年。少し頭の弱い彼は日々懸命に母親の世話を焼いていたが…
 第3話は「行商人」。市場で服を売っていた行商人が突然ギャングに連れて行かれる。それは顔見知りのギャングで、彼にはなにか後ろめたいことがあるらしい。彼はギャングに連れていかれる途中、逃げる方法を考えるが…
 いきなり、氷付けになっているような赤ん坊の映像ではじまるショッキングな作品は、貧困と恐怖で織り上げられた絶妙のオムニバス。果たして万人に受けるのかどうかは別にして、一見の価値はある快作(怪作)。

 とりあえず、各作品の印象に残ったところを羅列しましょう。
第1話:社会批判ともとれるテーマ。父親の鼻にかかった「ハーニエ」。
第2話:主人公が揺り椅子に寝ているショットから部屋をぐるりと回ると朝になっ  ているシーン。割れたガラスをくっつけた鏡。さまざまな映像的工夫。
第3話:羊をさばくシーンは圧巻。3本の中ではいちばん明快。
 と、いうことですが、とにかく、この映画は恐怖と狂気を縦糸と横糸にして織り込んだ織物(ギャベ)のような映画。何だかわからないけど、心臓の鼓動が早まり、ドキドキしてしまう。恐怖映画ではないんだけれど、じわじわと恐怖が内部から涌き出てくるような感覚。
 マフマルバフはイランの中ではかなり社会派の監督として位置付けられ、この映画も、貧困層を扱っているということで社会批判的なメッセージを込めたものとして受け取られるだろう。もちろんそのようなメッセージも込められているのだろうけれど、とにかく映画として素晴らしい。
 とにかくさまざまなアイデアが素晴らしい。アイデアでいえば特に2話目。まず、様々なものを操るひも。死んだように見える母親(時折口をもごもごと動かすことでかろうじて生きているのが確認できる、そのかろうじさが素晴らしい)。割れた鏡をジグソーパズルのようにはめて行くところ、そしてその鏡で見る顔。部屋にかけられた絵(あの絵はかなりいいと思うんだけど、いったい誰が書いたんだろう?)。
 あまり無条件に誉めすぎなので、少々難をいえば、3話目がちょっと弱かった。話としても普通だし、想像を映像化して、どれが現実なのかわからなくするという発想も決して独特とはいえない。3話目でよかったのは、阿片窟のような地下のギャングのたまり場。あんな雰囲気で全編が統一されていれば、かなり不思議でいいものになったかもしれない。しかし、羊をさばくところは本当にすごかった。あれは絶対に本物。喉から空気が漏れる音までがリアル。あー、こわ。

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