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マッチポイント

★★---

2007/12/25
Match Point
2005年,イギリス=アメリカ=ルクセンブルグ,124分

監督
ウディ・アレン
脚本
ウディ・アレン
撮影
レミ・アデファラシン
出演
ジョナサン・リス・マイヤーズ
スカーレット・ヨハンソン
エミリー・モーティマー
マシュー・グード
ブライアン・コックス
preview
 元テニスプロのクリスは高級テニスクラブでコーチを始める。そこで知り合った裕福な家の息子トムと親しくなり、その妹クロエと付き合い始める。しかし、トムの家で彼の婚約者ノラと出会い、彼女に惹かれてしまう…
  ウディ・アレンがニューヨークを離れ、ロンドンで撮影を行ったサスペンス・ドラマ。かなり単調な作品だが、その裏にスリルを感じさせるものがひっそりとある感じ。
review

 前半はかなり退屈だ。元テニスプロの若者が金持ちの息子と懇意になって、その妹と付き合いながら、その婚約者に惚れる。そこでは何かが起こりそうなのだけれど、何も起こらない。そんな感じのまま1時間ほどが過ぎていく。
  ただ、その中で目を引くのは、序盤に主人公が読んでいる『罪と罰』と、それに関してクリスがはじめてトムの家に行ったときにトムの父親がクリスに関して発する「ドストエフスキーの新たな解釈が…」という言葉だ。この二つの言及によって、『罪と罰』とその新たな解釈がこの作品に何らかの意味を持つことが明らかにされる。それならば『罪と罰』を読んだことがあれば、どこかで殺人がおき、それが物語を展開していくことになるだろうと予想することになる。それによってこの物語は何も起こらない退屈なものでありながら、何かが起きるという緊張感を常に孕んだものとなりうる。
  もうひとつ、極端に少ない音楽の使い方も緊張感を生む。この作品で使われる音楽は、オペラのみで、それもかなり短いフレーズが短い場面のBGMとして使われるだけだ。このような使われ方をすると、音楽は(意識的にしろ無意識的にしろ)注意の対象となり、音楽がかかるシーンに意味が与えられる。
  このような周到な構成によって観客の興味を何とかつなぎとめ、最終的にはやはり殺人が起きる。『罪と罰』でラスコーリニコフは老婆を殺そうとして、そこに居合わせた妹を殺してしまったが、それと外見的には同じようなことがここでも起きる。
  果たしてこの物語はやはり『罪と罰』の解釈に、ウディ・アレン版『罪と罰』になるわけだが、これがもしウディ・アレンの解釈だとしたら、ウディ・アレンはまったく持って鼻持ちならない人間だということになる。この作品と『罪と罰』に共通しているのは主人公の身勝手さである。身勝手な主人公が殺人を犯す。しかし、決定的に違うのは、ラスコーリニコフが身勝手ながらある種の信念を持っていたのに対して、クリスはあくまでも卑近な理由で人を殺すという点だ。傲慢さと罪と罰と、その結びつきが決定的に異なっているのだ。それによってこの物語は『罪と罰』と似てはいるが、完全に似て非なる物語となっている。そこには苦悩はなく、保身と悪運があるだけだ。その物語があとに残すのは、“運”という現代人を翻弄する悪しき神だけだ。

 ただ、私にはこれがウディ・アレンの『罪と罰』の解釈だとは思えない。ウディ・アレンはひねくれて入るが悪人ではない。私はわざわざ彼がイギリスで、上流階級を題材にこのような物語を撮ったからには、この作品はそのイギリスの上流階級に対する皮肉であるはずだと思う。主人公のクリスは上流階級にあこがれるアイルランド出身の田舎者、その彼が取る行動は上流階級の暗部を照らし出す。そして、その別世界に送り込まれたウディ・アレンの世界からの使者スカーレット・ヨハンソンは明確に対立することでその世界の醜さを明らかにする。さらに、不自然な土砂降りや、明らかに作りものの雪によって、映画全体を作り物じみた感じにすることによって、それが描く世界の誤謬と欺瞞をほのめかすのだ。
  つまり、ウディ・アレンは『罪と罰』を使い、そのイギリス上流階級流の解釈(と彼が勝手に解釈するもの)によってそのイギリス上流階級を皮肉るのだ。彼らが体面を保つために殺すもの、それをクリスの殺人によって明らかにする。彼らは自分たち以外の者の犠牲と悪運によって、その高慢な体裁を保っている。そんな彼らの姿をウディ・アレンは描こうとしたのだろう。

 わざわざ『罪と罰』なんという思わせぶりなモチーフを持ち出して、作り物の解釈を提示し、結局何も言わない。本当にウディ・アレンはひねくれている。しかし、それが彼の作品に他の映画にはない何かをもたらしているのだとも思う。興味深いけれど好きにはなれない。私にとってウディ・アレンはそんな人だし、この作品もそんな作品だった。でもある瞬間に好きになることもあるのかもしれないなどとも思う。

Database参照
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