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ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

★★---

2008/4/25
There Will Be Blood
2007年,アメリカ,158分

監督
ポール・トーマス・アンダーソン
原作
アプトン・シンクレア
脚本
ポール・トーマス・アンダーソン
撮影
ロバート・エルスウィット
音楽
ジョニー・グリーンウッド
出演
ダニエル・デイ=ルイス
ポール・ダノ
ケヴィン・J・オコナー
キアラン・ハインズ
ディロン・フレイジャー
preview
 20世紀初頭、苦難の末石油を掘り当てたダニエル・プレインビューは数年後、いくつもの油井を持つ石油屋になり、息子のHWとともに新たな石油を求めて旅をしていた。そこにポールという青年が石油の情報を売りに来る。その情報を元にリトル・ボストンに着いたプレインビューはそこでポールの双子の弟イーライに出会う…
  原作はアプトン・シンクレアの1927年著の『石油!』。ダニエル・デイ・ルイスがアカデミー主演男優賞を受賞。それはまあ納得できるが作品としては…
review

 映画を見ての感想はまず「よくわからん」し「あんまり面白くない」ということ、そして「アメリカ人が好きそう」ということだ。舞台は20世紀初頭のアメリカ西部、主人公は金と権力への欲望をたぎらせた男、その男が自ら道を切り開いて金と権力を手に入れることをアメリカ人はアメリカン・ドリームと呼ぶ。しかし、彼の成功は暴力と裏切りと欺瞞の上に成り立っている。成功するためにあらゆる人間を利用し、蹴落とした彼が成功した末に待っているのは孤独だ。
  私にはこの人物がまったく理解できない。彼が何を求めているのか、彼の人生はいったいなんだったのか、彼はただ単に人を傷つけることによって悦びを感じるサディストなのか。ダニエル・デイ=ルイスは確かにこの<怪物>というべき冷血な人物を見事に演じている。しかし、彼の演技が素晴らしいからといってこの作品が映画として面白いということになるのだろうか。
  確かに力強い映画ではある。ダニエル・レイ=ルイスしかり、映像の持つ力しかり、観客を圧倒するパワーがこの作品にはある。

 私がこの作品に面白さを感じたのは、ダニエル・プレインビューとイーライ・サンデーというふたりの人物の対比だ。方や石油によって財と権力を手に入れようとする男、方や新興宗教の教祖となって人々の尊敬と権力を手に入れようとする男、この物語の中心にあるのはこのふたりの男のリトル・ボストンという土地における権力争いのさまだ。金によって人々の欲望を満たすダニエルか、神によって人々の精神を満たすプレインビューか、この戦いが私にとってのこの映画の面白さだ。
  金の亡者と狂信者、今のアメリカを動かしているのはこの2者だとこの映画は言っているのだろうか。もしそうだとしたら、この作品は凄い作品だし、そう思ってアメリカ人がこの作品を賞賛しているのだとしたら、アメリカ人は凄い。それを肯定しているのだとしたら恐ろしいし、それを批判的に見ているのだとしたら非常に自省的で尊敬に値するが、どちらにしても凄い。
  なんだかアメリカ人の分析になってしまったが、アメリカ人は権力争いが好きだ。日本人も嫌いではないが、どこかで権力は汚いものだという意識が働いて、積極的にそれにコミットすることはしない。しかしアメリカでは大統領選挙のあの加熱振りを見ればわかるように権力を握るための争いというのはアメリカ人を熱狂させる。金の亡者を資本家と言い換え、狂信者を思想家と言い換えれば、今のアメリカにも十分にあてはまる。今の共和党と民主党の争いは、いわば「資本家+軍人 vs. エリート+マイノリティ」の闘いだ。見方は悪いが金と権力を手にした共和党と思想によってマイノリティを扇動する民主党ということではないか。
  結局それは、単純化された構図の中で人々が権力に持つ意図に巻き込まれ、思考停止させられてしまうということだ。この映画のパワーが観客の感覚を麻痺させるように、現実の権力は人々の良識をマヒさせる。この作品が圧倒的な力を持ちながら、どう考えても嫌な作品なのはその制だ。

 この作品しかり『ノー・カントリー』しかり、無表情に過剰な暴力を振るう人間が今アメリカでは受けている。そのような人間の深層心理を掘り下げることによって理由のない暴力への恐怖心を和らげようというのだろうか。2007年のアカデミー賞の作品賞、脚色賞、撮影賞、主演男優賞、助演男優賞を独占したこの男くさい2本の作品が象徴する今のアメリカとはいったい何なのか、私が感じるのはなんともいえない恐怖だ。アメリカという国自体がダニエル・プレインビューのようになりつつある(あるいはすでになってしまっている)のではないか。
  この作品を見て、ダニエル・レイ=ルイスをほめ、その力強さを賞賛することは可能だ。そして、この徹底的に冷酷な人物から逃げることも容易だ。しかし、本当にやらなければならないのはこの作品とこの人物と向き合って自分の精神の忍耐力を試すことなのではないか。現実においても権力の言いなりにならないために。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: アメリカ2001年以降

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