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船、山にのぼる

★★★--

2008/8/15
2007年,日本,88分

監督
本田孝義
撮影
本田孝義
林憲志
濱子正
音楽
風の楽団
出演
ドキュメンタリー
preview
 広島県北東部の灰塚地区にダム建設の計画が持ち上がったのは1968年、反対運動などもあって本格的な建設が始まったのは90年代に入ってからとなった。この建設に際して“アースワークプロジェクト”なる計画が実施され、アート建築ユニットPHスタジオがダムに沈む森の木で船を作るというプロジェクトを行うことになった。
  PHスタジオの10年以上にわたる活動をおったドキュメンタリー。プロジェクト自体は非常に魅力的だが、映画としては今ひとつ。
review

 ダムが作られると、広大な地域が水の底に沈む。水の底に沈むことになった町や村に住む人々が別の土地に移住するという話はよく聞いた話だ。しかし、人が移住するという以外、ダムの底に沈む土地で何が行われているのか、ということは知られていない。この作品はダムの底に沈む土地に生えた木で船を作り、それを山の上に設置しようというプロジェクトを追ったものである。
  どのようにこのプロジェクトが進んでいくかといえば、まず木を伐採し、ダムの底になる場所で船を製作する。ダムが完成したら水が入れられ、船はその水に浮く。そして最初に最高水位まで水を入れる際に山の上に移動、水位が下がったら山の上に船が取り残されるという非常に単純な方法だ。
  このプロジェクト自体は非常に興味深い。ダムという防災、治水に役立ち、水力発電所にもなりうる施設を作るために自然が破壊されるという事実、その事実を船を作ることによって象徴的に社会に向けて訴えるという意図が面白いのだ。
  しかし、作品を見てみると、(船の)制作者側のそのような意図とは別に、ダム建設によって移住を余儀なくされた人たちの心情というのが大きな意味を持つようになる。移住とは彼らにとって住み慣れた土地を離れること、それは歩きなれた土地を失い、見慣れた風景を二度と見れなくなるということだ。新たに作られた町に移り住んだ人々は庭木までも移動させ、野の花を見られなくなったのが寂しいという。野の花や山に生える雑木は彼らの生活に直接関わるものではない。しかし生活というのはただ視界の端を掠めるだけ、ただ匂いがするだけの物をも含めたものなのだということをこの作品を見て実感した。自然というものはそれが自然であるから重要なのではなく、それぞれの人の生活を包み込むものとして、それぞれの人にとって重要なものなのだ。
  移住を余儀なくされた人々は、生活を包んでいた自然を失い、いわば裸で新しい土地に来た。近所の人も変わらず、生活自体に変化は内容に見えるかもしれないが、それを包み込むものはすっかり変わってしまい、それはある意味ではアイデンティティの一部が失われたのと同じことなのだ。
  そんな彼らにとってこの“船”は失われた自然を失われた土地から救い出してくれた「ノアの箱舟」そのものなのではないか。それ自体は丸太を組んだいかだに過ぎないが、それが人々に想起させるのはその気が生えていた山であり、その山に見下ろされた緑豊かな土地なのである。
  この作品が私たちに語りかけるのは、自然や環境というものがいかにコミュニティにとって重要なものかということだ。コミュニティというものは人と人とのつながりだが、それを支えているのはそこに属する人々が共通に持つ自然や環境というものなのである。この船はその自然を救うことによってダムの底に沈んだコミュニティをかろうじてつなぎとめたのである。

 このプロジェクト自体はこのように興味深いものであり、それを映像として残すことで見る人にアイデアを与えるものだ。しかし、これを映画としてみると記録映画というよりは単なる記録に過ぎず、構成はホームビデオに毛が生えた程度のものとしか見えない。たどたどしい演説を編集せずにそのまま長々と使ったりするのは、映画の流れを遅滞させ、物語の力を奪う。しかもこの物語の最後、つまり山に船がのぼったイメージがそれほど目を惹くものでもなく、物語としては尻すぼみという印象は拭えない。
  私はむしろこれをコミュニティの物語として構築し、最後には船の上で行われた神楽をもってきたほうが効果的だったのではないかと思う。神楽が行われたのは船が完全に山の上に姿を現す前なので、時系列をさかのぼることにはなるが、別に時系列どおりに構成しなければならない理由もないのだから、それでもよかったのではないかと思ったりする。
  見る価値はある映画だが、あまり面白いともいえない。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: 日本90年代以降

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