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ベストセラー

水俣 患者さんとその世界

水俣病の患者さんの世界をリアルに冷静に見つめた傑作。
★★★★.5

2009/8/23
1971年,日本,167分

監督
土本典昭
撮影
大津幸四郎
音楽
中世教会音楽より
出演
ドキュメンタリー
preview
 水俣病が発生してから十数年、チッソはその責任を認めず、患者に見舞金を出すにとどまり、政府の対応も鈍い。そんな中、患者たちはチッソと政府を相手取り訴訟を開始する。同時にチッソの株券を買い株主総会に出席して意見を述べようという“一株運動”も開始。さまざまな利害が渦巻く中、苦しむ患者達を追った。
 土本典昭のライフワークとなる“水俣シリーズ”の第1作。患者さんたちの心情に肉薄するドキュメンタリスト渾身の傑作。
review

 導入は水俣病という病についての叙述、猫に対して行った実験や実際に亡くなった方々がどんな悲惨な状況でなくなっていったのかが語られる。そして統計的な数字とともにお年寄りから小さな子供までのなくなった患者たちの遺族にインタビューを行う。

 それに加えて訴訟、一株運動、胎児性水俣病、未認定患者と水俣病に関わるあらゆるトピックを患者に寄り添うように伝えてゆく。本当にこの時点での水俣病に関わるすべてを見るものに伝えようという真摯な姿勢が伝わってくる作品だ。

 特に胎児性の患者に割かれた数十分は本当に圧倒的だ。原因がわからない中で首の据わらない軟体症と俗に言われる子供たちが生まれてくる。その対応の仕方は様々だ。自由奔放に育てる家、スパルタとも思えるようなやり方で座り、歩けるようになった家、赤ん坊のように甘やかし続ける家。症状も対応の仕方も様々だが、子供への愛情は共通している。どんな子供であっても愛情を注ぐ、その愛情のまなざしをカメラはしっかりと捉える。

 この子供たちに対してはリハビリテーションセンターというものも設けられ、子供たちが座ったり、立ったりできるように練習したり、算数の勉強をしたりということをする。しかし脳にも障害を持つ彼らの学習は思うように進まない。水俣病は本当にひどい病気だということを実感し、その病理にも興味がわく。

 水俣病というのは本当にひどい災害だ。時代が生み出した人災、人々の無知と企業や政府の考え方、それがまだ公害というものに対応できていないところに生まれた悲惨な出来事。初動が遅れたのは仕方がないとしても、その後の対応に誠意がないということには言いようのない憤りを感じる。それに風穴を開けたのがこの作品に登場するような患者さんたち自身であり、彼らに協力する土本典昭のような人物だった。彼らのことは尊敬してもし切れない。彼らの行動によって水俣病にとどまらず、日本のさまざまな公害の救済に道が開かれたのだから。

 土本典昭のすごさは、彼らの心情を本当に見事に映像に載せていることだ。しかも彼らの内側に入り込みすぎることもなく、かといって外部から見るというわけでもない絶妙の立ち位置で。

 病気に苦しむ人々への眼は温かいが、時に激しい感情を表出させる患者には違和感を感じることもあるし、彼らの行動の仕方に疑問を抱かせることもある。水俣病の映画だからといって患者たちに一方的に味方するのではなく、そのさまざまな側面に光を当てるのだ。もちろん彼らは被害者だ。しかし見る側としては被害者がかわいそうという気持ちだけでなく、この人災が社会にもたらす影響やその意義についても知りたいと思うし、汚染されていた海で今も続く漁業のシーンには不安を覚えたりもする。それらすべてをひっくるめて水俣病なのだ。それは単に患者さんたちをかわいそうな人で味方をしなければならない人として描くよりはるかに強いインパクトを与える。それを可能にするのはこの作品の伝え方なのだ。

 そして、そのクライマックスは最後の株主総会のシーンにやってくる。この異様な雰囲気を見事に切り取り、一切の説明なしにそこに立ち会った人々のそれぞれの心情を浮かび上がらせてゆく。その混沌ともいえる会場の空気がとにかく圧倒的で、強い余韻を残したまま終わる。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: 日本60~80年代

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